2010年11月22日。パリ初日。サロン・デュ・ショコラの開催地であるポルト・ド・ヴェルサイユがトラム3番線から見えた。日本でも各地にある路面電車のような感覚だが、東京の都電荒川線ではない。広島の広電とか、あんな感じだろうか。大通りの中央を走っている。
ポルト・ド・ヴェルサイユは大きかった。パリのサロン・デュ・ショコラは一ヶ月前に終わっていたが、開催される会場は東京でいう晴海の方やビッグサイトなどのような感じ。大箱っていうんだろうか。
レストラン・ジャディスでの昼食後、同じ区内にあるル・グルニエ・ド・フェリックスへ立ち寄り、バゲットコンクールチャンピオンの味わいに触れた(後日掲載)。この日は日中、15区がメインになった。月曜日ということもあってか、休みのお店もチラホラ。それを抜きにしても、この辺りはいくらかゆったりした雰囲気が流れている地域に見えた。
パリで楽しみにしていた景色の一つは角にあるカフェなど。二又のY字路のように見える建物の角、そして角にある店。どこも印象的で、またいずれ角シリーズを番外編で掲載したい。
1区から始まりパリ市内中心部には古い建築物で構成された地域だが、15区の左端のセーヌ川沿い辺り、シトロエン公園のある界隈は比較的近代・現代的な建築物が目立った印象があった。バスティーユ広場前のオペラ・バスティーユなど、市内に現代的建築物はあるにはあるが、必ずしも多くはなかったな…。サンドゥニ市庁舎も、旧市庁舎の隣に立つ新市庁舎はやっぱりガラスをふんだんに多用した建築物。ポンヌフ橋の向こうに佇む元デパートのサマリテーヌも営業停止中らしいが、おそらく完全に取り壊されるということはないと思う。古い建物を壊せないのは法律で決まってるんだとか? 中は改装できても外観は古いまま生かすようになってるようだ。
だが、そのバランス感がまたパリの街並を魅力的にさせてくれる。新しいものと古いものの融合。その分、現代生活を送るには支障も出るかと思う。自分も無縁ではなかった。パリ滞在の折り返し地点に差し掛かった頃、ホテルの部屋のトイレの電球が突然切れてしまった。おかげでケータイを開いて床に置かないと暗くて、なんか…。
週明けの月曜日に直してくれるという話だったようなのだが、結局パリを発つ日まで修理されることはなかった。
その一方で、もし市内の古い建物を解体して現代的な建築物をどんどん建ててもいいとなったら、果たしてパリはこのパリのままでいたのだろうか?
ちなみにシトロエン公園は、シトロエンがパリ市に寄付した土地を利用したものだという。
その後夕刻に訪れたのは8区のマドレーヌ広場(Place de la Madeleine)。19世紀に建てられたマドレーヌ寺院(Eglise de la Madeleine)は先日掲載した
シャンゼリゼ大通りのエトワール凱旋門同様、ナポレオンの発注によるもの。
この辺りはフォションやエディアールなど高級食材店が並ぶ場所。オレンジ色の看板の「Orange」というケータイショップの前で焼き栗を頬張りつつマドレーヌ寺院を眺める。周辺には柵が設けられていて工事中なのだろうか、建物の傍へは近寄れなかった。かつて若き日のピエール・エルメが在籍したフォション。中に入っていろいろ見て回った。その後、エディアール〜ピエール・オテイザ〜アンジェリック・チバ、ギャラリー ラ・ファイエット、プランタンなどへ。そして、メトロで移動して
ベルヴィルの太平洋酒家へと向かった。
日はすっかりと落ちて夜の帳が下りていた。今朝到着したばかりの真っ暗なパリは、随分と明かりが増えた真っ暗なパリに。